2011年7月

  7月16日、あすてっぷKOBEで、「災害ボランティア・市民学習会」が開かれました。東日本大震災発生後、コープこうべは神戸市社会福祉協議会・神戸YMCAとともにボランティアバスの派遣などを行ってきました。今回の学習会は、夏休みを前に、被災地でのボランティアに関心のある人への情報提供になればと三者の協働で開催されたものです。
 

  まず、仙台市津波災害ボランティアセンターの古澤良一さんが被災地の現状を報告。仙台市では「今後30年間に宮城県沖地震の起こる確率は99%」とされていたことから、避難や避難所運営の訓練を行ってきた矢先の被災であったこと、計画通りにはいかなかったものの、避難所運営などに一部訓練の成果が見られたことなどを報告しました。


 続いて、神戸市社会福祉協議会と神戸YMCA、コープこうべがこの間の取り組みを報告。最後に佛教大学講師の後藤至功さんが「災害ボランティア・はじめの一歩~被災者に寄り添った活動とは~」と題して講演しました。後藤さんは、阪神・淡路大震災時に宝塚市で被災。その後、高齢者や障がい者ら「災害時要援護者」に対し、どんな配慮や援助が必要か、実践を通して研究を重ねてきました。後藤さんは、「16年前にはなかった福祉避難所が設けられるなど、確実に進歩しています。こうした『災害時要援護者』を支えるには、日頃から地域に顔の見える関係を築くことが課題」と訴えました。
 

 会場からは「今後ボランティアバスの予定はありますか」「年配の女性にできる支援は?」などの質問が活発に寄せられました。

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コープ活動サポートセンター神戸北に登録しているコープサークル「きものリメイク・オリビア」。自分たちにできることで、被災地の方とつながっていきたいと、巾着袋を作り、コープこうべの支援活動を通して、みやぎ生協に送りました。110715_ouen_3.JPG

できあがった61個の巾着袋は、みやぎ生協の仮設住宅の訪問などで、被災地の組合員に届けていただきます。110715_ouen_2.JPG

「コープの仲間と力を合わせることで、実現できたと活動」と話す「きものリメイク・オリビア」のみなさん110715_ouen_1.JPG

7月1日、商品担当の山口健治執行役員が、「コープス芯付き塩わかめ」のふるさと、岩手県宮古市田老地区にある田老町漁業協同組合を訪問。生産再開を願う組合員からの応援メッセージを、コープこうべを代表して、田老町漁協の小林昭榮組合長に手渡しました。

田老町漁協とコープこうべが産直取引を始めたのは、今から20年以上も前。2001年には、オリジナル商品コープスの仲間入りをし、「芯がやわらかくておいしい」と人気を集める商品に。まだ復興には時間を要しますが、コープこうべは田老町漁協の生産再開後、商品を取り扱う予定です。

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田老町漁協の小林組合長(写真左)は、「みなさんの応援はとても心強くありがたい。なんとしても復興させる」と話しました。(写真右から2人目が山口執行役員)

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メッセージの一部

7月9日、生活文化センターで「第3地区 平和を願うつどい」が催され、約200人が参加しました。 これは毎年、組合員で構成される「平和企画委員会」の企画で夏に行っているもの。今年は同時に東日本大震災支援もテーマに掲げ開催されました。
 

 第1部は、村田隆子さんのバイオリンと武井泉さんのピアノによる「絆コンサート」。エルガー「朝の歌」などを鑑賞し、被災地のくらしに思いをはせながら、「川の流れのように」「見上げてごらん夜の星を」を全員で歌いました。
 

 第2部は「NPO法人ルワンダの教育を考える会」理事長、カンベンガ・マリールイズさんによる講演「もう一度考えよう、平和について~ルワンダ~福島~神戸」。 1993年に洋裁の研修のため初来日したマリールイズさんは、ホームステイ先のおばあさんが新聞を読むのを見て誰でも字が読めることに驚き、感動したそうです。
 

 帰国後まもなく内戦が勃発。3カ月間に虐殺された人は、50万人とも100万人ともいわれます。難民キャンプで日本のNGOの医師団と出会い、通訳の仕事を得たこと、医師からもらった薬で娘2人の命が救われたことなどから、「教育は自分を裏切らない。必ず身を助けてくれる」という信念を持ちました。その後再来日して福島に居を構え、祖国に学校を建てるための支援活動を展開。その最中、大震災が発生したのです。


 「築いてきたくらしが一瞬にして失われる悲惨さは戦争と同じ。大切なのは『助けて』という声を上げること。そうすればきっと誰かが支援の手を差しのべてくれる」とマリールイズさん。被災後、大使館から帰国を勧められましたが、「内戦を生き延びてきた自分だからこそ、震災を体験することによってできることがある」と、日本にとどまりました。ルワンダの教育支援活動の合間に時間を作っては避難所を訪問。被災者の声に耳を傾け、「フクシマ」の声を世界に発信しています。

 



 「若い世代がいてくれることは、元気の源になる。日本の教育水準の高さはみなさんのご先祖が努力して築き上げてきたもの。必ず教育の力で東北は立ち上がります。震災が私たちに何を語りかけているのか考えながら、子どもたちが夢を描ける平和な世界をめざしましょう」と締めくくりました。heiwa.jpg

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↑被災地に届ける千羽鶴をつなぐ体験コーナー

 

 

個人ボランティアとして被災地で支援活動した職員の体験レポートを紹介します。

コープ西鈴蘭台 農産チーフ 高阪知生さん

生まれ故郷の東北の地が壊滅的な被害を受け、その報道に接し、何とかしたいと思いながら出来ず、もどかしい日々を送っていました。
5月13日(金)~16日(月)、現地1泊(バス車中2泊)のボランティアバス(西播磨地域社会福祉協議会主催)に乗り込み、宮城県東松島市で活動してきました。

現地では、津波によって壊された建物の瓦礫が放置されたままになっているほか、倒壊を免れた住宅にも泥が侵入し、手付かずの状況。
地震発生時からほとんど変わらぬ被災地の厳しい現状を実際に目のあたりにし、改めて、衝撃を受けました。現地では2日間ボランティアセンターの指示のもと、主に住宅や側溝の泥掻き、瓦礫の運び出しなどを行い、少しでも復旧復興の役に立てばとの思いで、汗を流してきました。

実際に被災地で活動を行って、改めて継続した支援の必要性を痛感しました。今後も機会があれば何か復興に役に立てるような働きかけを続けていきたいと思っています。

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東松島市矢本地区の状況。
海沿いの破壊された家の瓦礫が、水田地帯の上を流され数キロ先の住宅地帯との境界まで押し出されています。

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民家の裏にこびりついた泥を掻き出します(手前から2人目が私です)。広いお宅で掻き出した泥は、土のう袋200袋近くにもなりました。作業中、灯油の販売に来た男性が「津波が襲ったときは、何かに捕まって必死に耐えたが、3回ほど頭の上まで水が来てだめかと思った。家族の顔を思い浮かべて必死にもがいたら、顔が水の上に出た。一晩水の中に浸かったまま耐え、翌日助けてもらった」などと当時のことを話してくれました。

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東北自動車道国見S.A.(福島県)。早朝5時頃にもかかわらず、全国各地から被災地へ向かうボランティアバスが多く停まっていて満車状態でした。

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家屋の片付けの他に、側溝のヘドロ出しなどボランティアの仕事はさまざまです。専用の機会を使ってフタを外し、たまったヘドロをかき出します。約2時間の作業で土のう100袋以上になりました。

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沿岸部の地域から流されてきた車が、原型をとどめず押しつぶされたまま、折り重なるように打ち捨てられていました。

 

兵庫県で活動する生活協同組合と農協、漁協、森林組合が加入している兵庫県協同組合連絡協議会(兵庫JCC)が、宮城県協同組合こんわ会へ「激励メッセージ」を送りました。協同組合の仲間として、息の長い支援活動を続けていくことを伝えたいと企画されたものです。
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コープこうべのメッセージを含む、90のメッセージをパネルにして、6月28日に発送。宮城県協同組合こんわ会では、7月2日に開催された「協同組合デー・宮城県記念大会」の会場で掲示した後、それぞれの団体に届けられました。


コープこうべのメッセージはこちら
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「みやぎ生協へ」の支援隊第4陣・5陣の統括責任者として支援に赴いた大川保第4地区本部長が、組合員や職員に向け、さまざまな会議で支援の状況を報告しています。

 

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「みやぎ生協は、阪神・淡路大震災のとき、いち早く神戸にかけつけてくれました。今度はコープこうべが支援するとき」と、店舗復興の手伝い、宅配の再開の支援状況などを伝えています。また、実際に現地に入って目の当たりにした被害状況や、みやぎ生協の事務所に宿泊したときのエピソードなども、写真を使って詳しく説明。

テレビや新聞で知る情報だけでは知ることができない内容に、阪神淡路大震災のときのことと重ねて聞き入る姿が見られました。この報告会には、5月末までに、のべ144人が参加しています。

個人ボランティアとして被災地で支援活動したコープ委員の体験レポートを紹介します。

三木緑が丘コープ委員会 酒井明子さん

5月の連休に夫の故郷である仙台に、8年ぶりに訪れました。
太白山は何もなかったように私たちを迎えてくれましたが、現実は違いました。沿岸部ではどんな町があり、どんな生活があったのか、もはや想像することはできませんでした。そして、私たち夫婦は亘理郡亘理町でボランティア登録をしました。

1日目は床上浸水のお宅の台所、玄関や洗面所の掃除、食器の片付け。2日目は、1階全部が浸水したお宅の庭の泥のかき出し、庭の片付け。3日目は避難所である亘理高校に行き、昼食、夕食炊き出しのお手伝いをしました。

懐かしい東北の言葉を聞きながら、今後私たちは何ができるのだろうと、自分に問いかけてみましたが、やはり思い当たるのは、名取、岩沼、亘理、仙台駅前で見た、コープみやぎの緑の看板です。これでつながっていると実感しました。私たちの東日本への思いを語り合いながら、みんなで支援できる事を考え、ともに、これからも活動していきたいと思います。

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建物の基礎だけが残り、まばらになった防風防砂林(鳥の海)

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海までの道筋の家がなくなっている(鳥の島)

 

6月11日、コープこうべに登録している音楽分野のサークルが、日ごろの練習の成果を発表する「第24回コープこうべ音楽のつどい」を開催しました。
今回は、「神戸から元気を」をテーマに、東日本大震災の被災地へ、神戸から元気を届けたいという思いを込めて開催しました。
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会場入口では、各サークルが、被災地へ向けての応援メッセージをサークル紹介のパネルに記入。舞台発表では、レインボーキッズ&ティンカーベルのメンバー(5年生男子)が東日本大震災について考えたり感じたりしたことを発表。110704_ouen5.JPG
その後、子どもたちが「見上げてごらん」をアカペラで歌い上げました。また、音楽会の最後には、出演者全員と会場が心を一つにして、「believe」を合唱しました。

6月26日(日)、上郡町スポーツセンターで上郡町社会福祉協議会が主催する「第35回 福祉バザー」が開催されました。今回は、東日本大震災復興支援として、コープ活動サポートセンター姫路も参加しました。

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コープこうべコーナーでは、ボランティアのみなさんが、「がんばろう東日本」をキャッチフレーズに、「メッセージ入りうちわを届けよう」活動への協力や、「稲庭うどん」や「南部せんべい」など18品目の東北名産品の販売を行いました。「被災地に行けなくてもできる支援」の呼びかけに、「少しでも支援になれば嬉しい」などの声が聞かれました。
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また、玄関前ホールでは、上郡町役場などとともに、東日本大震災復興支援状況パネル展を行い、設置されたメッセージボードに多くの思いが寄せられました。これらのメッセージは、「メッセージ入りうちわ」と一緒にみやぎ生協に届けられます。
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上郡町社会福祉協議会理事長の尾上高徳さん(右)から、メッセージボードを預かるコープこうべ理事丸山みさきさん